近鉄大阪線青山廃線跡トンネル



三重県 伊賀上津駅−温泉口駅間


その11

  

 無限に続きそうな真の闇。。。ライト消せば
眼球に供給される明かりは皆無。目をつむっ
ても、開けても映像に全く変化のない、黒、
黒、黒。。。目が潰れそうです。。。
 ぬうぉっっっ。。。

 またしても穴が開いとるがな。。。
 ちゃんと下見とかないと足をとられます。

 フラッシュするとよく見えますが、ライトだけ
じゃあ危なっかしい。。。
 うをっっっ。。。なんか居るのかと思いまし
たよ。。。

 意外と深い退避坑です。
 所々に見え隠れする遺構たち。。。
 これはキロポストというやつでしょうか。
 これは。。。たしか振り返って撮った。。。は
ずですが。。。もうどっちか分かりません。
 かろうじて光を届かせる将軍の深部。。。
直線であることがまだ救いのようですが。。。
もう引き返すのも大変です。ここで1kmぐら
いでしょうか。。。
 うををを!
 (さっきから叫んでばっか。。。)

 真ん中がない!完全に排水路が剥きだし
になっています。
 元からこう。。。ではないとは思います
が。。。
 水の流れが。。。!!なんとあるようです。

 列車は走らなくなって久しいですが、水は
未だに走行中のようです。
 うむ、素晴らしい遺構です。
 
 振り返っての撮影(のはず。。。)
 水の流れがよく分かります。
 それにしても長い。。。さすが3000mオー
バー。。。しかも山中奥深くの。。。
 なんてところに穴を掘るんだ、近鉄さん。。。

 将軍の懐剣を首筋に突きつけられた心地
です。。。いつでも闇の刃にヤラレそう。。。
 すうっと。。。さくっと。。。ああ寒い。。。
 ふと壁面に目をやると。。。おお!
何かしらの銘板です。

 施工 中央特殊工事株式会社
 巻厚 鉄筋コンクリート厚50糎(センチメートル)
 着手 昭和39年8月
 竣功 昭和39年10月

 だそうです。
 補修工事にて、50cmのコンクリ巻厚が為さ
れたようですねえ。こんなとこに銘板あっても
見る人いないでしょうに(←ここにおる。)
 鋼アーチの支保工も見られるようになりま
した。
 いやあ、いろんなものを見せてくれます。
 おや。。。?
 今気付きましたが、退避坑の上に数字が
書かれています。「14」と。
 ひょっとしたら退避坑の数かもしれません。
カウントダウンかアップをしていく気がします。
ダウンならいいですがアップだと、残りどのく
らいかの目安にできませんねえ。。。
 左にも「44」とあるみたいですが、これは
よくわかりません。

 。。。因みに退避坑の奥は素掘り状態で
す。。。
 それからどのくらい歩いたのか。。。もうど
のぐらいの時間、どれだけ歩いたか分かりま
せん。。。が。。。

 ををっ!?

 光見えた!!
 とおーいですが光見えます。

 意外と将軍の懐は相当に真っ直ぐなようで
す。
 。。。カウントダウンかアップのことを忘れ
て、すっかり写真撮ってませんでした。。。
 この退避坑には欠円の装飾があるなーと
しか思ってません。。。すんません。
 東側はすっかり闇に閉ざされてしまいまし
た。
 西側付近は妙におどろおどろしい洞内を
持っています。
 だが、将軍突破まであと少し!
 とうとう辿り着きました!
 さすがに遠かった。。。延長3400m超は
はんぱなく遠い、暗い、寒い道のりでした。
 光がこれ程にありがたい存在だとはなかな
か感じられません。
 振り返って、しみじみ。。。決して歩きやすく
ないバラスト面が延々続いていました。ので
結構足が痛いです。
 変わらず開放されたフェンスを出ての振り
帰り。
 これだけの遺構、なんとか再利用とかされ
ないんですかねえ。
 周知の通り、これ以上先に進むことはでき
ません。私有地ですので。。。
 で、ちょっとだけ西側の坑門を拝ませて
頂きます。
 どんな面構えをしているのか。。。木が邪魔
ですな。。。
 ををっ!!

 なんか立派な坑門をお持ちです。
 将軍の表の顔は西側にあったようです。

 笠石に、前面石積み装飾。迫石アーチも
3層で巻かれています。
 そして何より。。。扁額!!!
 「徳無疆」 金森又一郎

 だそうです。
 ウィキペディアによると、当時の大阪電気
軌道の社長さんの揮毫らしいです。
 立派な顔を持った青山トンネル。将軍に
ふさわしい威風堂々たる面構えに感服しま
した。

 遂に、念願の青山トンネル攻略達成!

 しかし、まだ後詰に居るんですよ、将軍より
も西側にトンネル達がまだ。。。

 将軍攻略もまだ続く!

 以降、
その12 に続く!