水路隧道



 


京都府
JR東海道本線
名称 アーチ
形状
巻厚 利用
形態
坑門 側壁 状態 径間
径間

高さ
(実測)
特記
滋賀県境~山科駅間
※未発見
山科駅~京都駅間
1 安祥寺川橋梁 半円 4 車道 煉瓦 煉瓦 片出  1連  山科区御陵田山町
名称その他データは現地銘板より
1921年(大正10年)8月竣工
キロ程 508K371M

2007年12月訪問
2 妙応寺架道橋 半円 4 人道 煉瓦 煉瓦 片出 1連 山科区御陵天徳町
名称その他データは現地銘板より
1921年(大正10年)8月竣工
キロ程 508K861M

2007年8月訪問
3 久保橋梁 半円 4 水路 煉瓦 煉瓦 片出 1連 山科区御陵久保町
名称その他データは現地銘板より
1921年(大正10年)8月竣工
キロ程 509K145M

2011年5月訪問
4 御陵道橋梁 半円 4 車道 煉瓦 煉瓦 片出 1連 山科区御陵久保町
名称その他データは現地銘板より
1921年(大正10年)8月竣工
キロ程 509KM

2007年12月訪問
5 (仮)御陵岡橋梁 半円 4 水路 煉瓦 煉瓦 片出 1連 山科区御陵岡町と同区御陵荒巻町の境付近
6 岡の西橋梁 半円 4 人道 煉瓦 煉瓦 片出 1連 山科区御陵岡ノ西町
名称その他データは現地銘板より
1921年(大正10年)8月竣工
キロ程 509K540M

2007年12月訪問
京都駅~西大路駅間
※未発見
名称 アーチ
形状
巻厚 利用
形態
坑門 側壁 状態 径間
径間

高さ
(実測)
特記
西大路駅~桂川駅間
7 西股川橋梁 半円 3か4 水路 整石 挟まれ 1連 1.82m
(6尺)
1.90m 南区吉祥院新田参ノ段町
1875年(明治8年)10月竣工
アーチ内部に切石が突き出している
8 彦助川橋梁 半円 4? 水路 乱石 挟まれ 1連 2.42m
(8尺)
西京区牛ケ瀬林ノ本町と同区牛ケ瀬青柳町の境
1875年(明治8年)11月竣工
床面にフラットな煉瓦敷きがある
9 馬場丁川橋梁 半円 3? 水路 乱石 挟まれ 1連 1.61m
(5尺3寸)
西京区牛ケ瀬奥ノ防町と同区牛ケ瀬青柳町の境
1875年(明治8年)10月竣工
ねじりまんぽ 直角径間長5尺
アーチ内部に切石が突き出している
鉄道庁の資料によると「ババマチ」と読む
no photo 牛ヶ瀬橋梁 9連 4.55m
(15尺)
1876年(明治9年)1月竣工
2000年の台帳(小野田氏資料より)によると残存しない
国道171号線アンダーパス東寄りの橋梁付近と思われる
no photo 下津林橋梁 25連 4.55m
(15尺)
1876年(明治9年)1月竣工
2000年の台帳(小野田氏資料より)によると残存しない
現在の新川付近と思われる。
国内最大級の25連アーチ橋であったらしく、こちらのサイト
様に貴重な写真が掲載されている
10 第二五反田川橋梁 半円 2? 水路 乱石 挟まれ 1連 0.91m
(3尺)
西京区下津林番条町と同区下津林南中島町の境
1875年(明治8年)10月竣工
床面にフラットな煉瓦敷きがある
no photo 三重川橋梁 1連 1.30m
(4尺3寸)
1875年(明治8年)9月竣工
2000年の台帳(小野田氏資料より)によると残存しない
斜めアーチ(ねじりかは不明) 直角径間長4尺
水路自体は机上確認
no photo 八反田川橋梁 1連 1.82m
(6尺)
1875年(明治8年)9月竣工
2000年の台帳(小野田氏資料より)によると残存しない
水路自体は机上確認
no photo 橋本川橋梁 1連 1.82m
(6尺)
1875年(明治8年)9月竣工
2000年の台帳(小野田氏資料より)によると残存しない
水路自体は机上確認
桂川駅~向日町駅間
11 鷹の手橋梁 半円 3 水路 乱石 挟まれ 1連 1.52m
(5尺)
1875年(明治8年)10月竣工
鉄道庁の資料では「鷹ノ手川」
煉瓦アーチ環小口面に刻印あり
12 三の坪橋梁 半円 3 水路 挟まれ 1連 1.52m
(5尺)
1875年(明治8年)10月竣工
コンクリート及びセントルの補強あり
向日町駅~長岡京駅間
no photo 六反田橋梁 1連 1.21m
(4尺)
1876年(明治9年)4月竣工
2000年の台帳(小野田氏資料より)によると残存しない
no photo 南丁藪橋梁 1連 1.21m
(4尺)
1876年(明治9年)5月竣工
2000年の台帳(小野田氏資料より)によると残存しない
四ノ坪橋梁 水路 1連 0.61m
(2尺)
残存可能性:改修判定
1876年(明治9年)4月竣工
吹田総合車両所京都支所の下を潜る水路を想定地
にて確認。しかしそこはチューブ状の暗渠であった
佃橋梁 水路 1連 0.91m
(3尺)
残存可能性:改修判定
1876年(明治9年)5月竣工
吹田総合車両所京都支所の下を潜る水路を想定地
にて確認。しかしそこはBOXであった
no photo 後藤橋梁 1連 0.91m
(3尺)
残存可能性:判定不能
1876年(明治9年)4月竣工
吹田総合車両所京都支所の下を潜る中筋通のアンダー
パス付近が想定地。水路の出入口を見つけられない
13 大の里川橋梁 半円 3 水路 煉瓦 整石 挟まれ 1連 1.82m
(6尺)
1.50m 1876年(明治9年)4月竣工
鉄道庁の資料では「大里川」
煉瓦アーチ環にポリクロミーの装飾あり
14 堀ノ内橋梁 半円 3 水路 煉瓦 整石 挟まれ 1連 1.21m
(4尺)
1.24m 1876年(明治9年)4月竣工
錆びた銘板付き
15 七反田橋梁 欠円 4 ※1 煉瓦 整石 方出 6連 4.55m
(15尺)
1876年(明治9年)5月竣工
※1 人道(兼水路)1、車道2、私用2、水路1
名称 アーチ
形状
巻厚 利用
形態
坑門 側壁 状態 径間
径間
高さ
(実測)
特記
長岡京駅~大阪府境(山崎駅)
16 野神橋梁 半円 2? 水路 不明 整石 挟まれ 1連 0.91m
(3尺)
0.81m 1876年(明治9年)2月竣工
17 老ヶ辻橋梁 欠円 4 水路 煉瓦 整石 片出 3連 4.55m
(15尺)
1876年(明治9年)5月竣工
メインは河川だが歩くスペースもある
no photo 芝添橋梁 1連 0.91m
(3尺)
残存可能性:消滅判定
1875年(明治8年)12月竣工
古地図と見比べると府道204号線のアンダーパス付近
が想定地。その北側にBOXの水路が潜っており、
府道アンダーパス新設時に取り壊され、水路自体は
移設されたものと推察する
18 角田橋梁 半円 2 水路 煉瓦 乱石 方出 1連 0.91m
(3尺)
1.18m 1875年(明治8年)11月竣工
19 太田橋梁 半円 3 人道 煉瓦 煉瓦 片出 1連 1.82m
(6尺)
1876年(明治9年)3月竣工
20 安焼橋梁 半円 3 水路 乱石 乱石 片出 1連 1.21m
(4尺)
0.95m 1875年(明治8年)8月竣工
21 円妙寺橋梁 半円 2 人道 乱石 乱石 片出 1連 1.33m
(4尺4寸)
1875年(明治8年)10月竣工
ねじりまんぽ 直角径間長4尺
インバートの煉瓦もねじりを入れている
22 佃橋梁 半円 2 水路 乱石 乱石 方出 1連 0.91m
(3尺)
1.17m 1875年(明治8年)8月竣工
御所ノ前下水橋梁  石桁 水路 乱石 方出 1連 0.61m
(2尺)
 
1875年(明治8年)9月竣工
東側の片出だが、鉄蓋を開けないと視認できない
桁の切石の上に笠石が乗っている
側壁は乱石だが、隅石に整石を使用
23 御所ノ前橋梁 半円 2? 水路 乱石 挟まれ 1連 0.91m
(3尺)
1875年(明治8年)10月竣工
上流BK改修の坑門にも切石による笠石有
no photo 上味才橋梁 1連 1.82m
(6尺)
1875年(明治8年)10月竣工
2000年の台帳(小野田氏資料より)によると残存しない
24 上ノ田橋梁 半円 2 水路 乱石 乱石 挟まれ 1連 0.91m
(3尺)
1.12m 1875年(明治8年)6月竣工
整石による隅石が2段あり
25 舟橋川橋梁 欠円 4 水路 乱石 整石 挟まれ 1連 1.82m
(6尺)
1875年(明治8年)9月竣工
完全暗渠化だが下流は坑門の視認可能
JR東海道本線(旧線)
名称 アーチ
形状
巻厚 利用
形態
坑門 側壁 状態 径間
径間
高さ
(実測)
特記
滋賀県境~旧大谷駅間
※未発見
旧大谷駅~旧山科駅間
no photo 一里町橋梁 1連 3.33m
(11尺)
残存可能性:消滅判定
1878年(明治12年)7月竣工
直角径間長9尺 斜めアーチであった模様
名神高速道路の下であり消滅と判断した
no photo 北林橋梁 1連 0.91m
(3尺)
残存可能性:
1878年(明治11年)11月竣工
名神高速道路下の「京都東2」BOXか西隣の市道が
該当しそう。市道にずれているなら一縷の可能性も…
no photo 南溝橋梁 1連 2.42m
(8尺)
残存可能性:消滅判定
1879年(明治12年)1月竣工
名神高速道路下の「京都東1」BOXが該当しそう
人道兼用という注釈入り(鉄道庁資料)
消滅は確実と判断する
no photo 西ノ御所橋梁 1連 0.91m
(3尺)
残存可能性:消滅判定
1878年(明治11年)11月竣工
名神高速道路の下であり消滅と判断した
26 御所田川橋梁 半円 2 水路 乱石 整石 片出 1連 0.91m
(3尺)
1879年(明治12年)2月竣工
現在は市道の下にある
よくぞ残存したものである
2011年5月訪問
no photo 平田川橋梁 1連 0.91m
(3尺)
残存可能性:消滅判定
1879年(明治12年)3月竣工
名神高速道路の下であり消滅と判断した
旧山科駅~JR奈良線合流間
no photo 東北出橋梁 1連 1.82m
(6尺)
残存可能性:消滅判定
1878年(明治11年)12月竣工
名神高速道路の下であり消滅と判断した
no photo 京街道架道橋 1連 3.64m
(12尺)
残存可能性:消滅判定
1878年(明治11年)5月竣工
名神高速道路を潜る府道118号線のアンダーパスが想定
地。消滅は確実と判断する
no photo 南谷橋梁 1連 0.91m
(3尺)
残存可能性:
1878年(明治11年)11月竣工
名神高速道路と並行する府道35号(大津淀線)の下
を想定地とするが、状況的に期待は薄い
no photo 南谷橋梁 2連 0.91m
(3尺)
残存可能性:
1878年(明治11年)11月竣工
名神高速道路と並行する府道35号(大津淀線)の下
を想定地とするが、状況的に期待は薄い
27 谷口村橋梁 半円 4 水路 乱石 整石 片出 1連 1.82m
(6尺)
現在は府道35号(大津淀線)の下にある
煉瓦積みのインバートがあり、真円に見える
2011年5月訪問
JR関西本線
三重県境~月ヶ瀬口駅間
28 柳生街道橋梁 半円 切石 人道 煉瓦 整石 片出 1連 隣の新今山隧道が出来る前まではこちらが車道
だったと思われる
29 殿田川橋梁 半円 4 水路 煉瓦 整石 片出 1連
月ヶ瀬口駅~大河原駅間
30 第248号橋梁 半円 4 水路 煉瓦 煉瓦 両出 1連 ねじりまんぽ
煉瓦アーチ環が迫出す
(仮)渋久川橋梁 人道 煉瓦 両出 1連 コンクリートアーチに改修されている
上部の煉瓦坑門、及び笠石がかつて煉瓦アーチ
であったことを窺わせる
ノミネート対象外
大河原駅~笠置駅間
※未発見
笠置駅~加茂駅間
31 丑谷川橋梁 半円 4 水路 煉瓦 煉瓦 片出 1連 洞内が「く」の字に折れている
東側の側壁下部に煉瓦の突起が等間隔で付いて
いる。管理用歩道を付けていたか
北側坑口アーチ部を中心にコンクリ補修をしてい
32 (仮)下大田橋梁 欠円 3 水路 煉瓦 整石 両出 1連 側壁切石と同等の迫受石がある
加茂駅~木津駅間
33 第272号橋梁 半円 水路 煉瓦 挟まれ 1連 ねじりまんぽ
鉄道暗渠史上最大の謎物件(当HP比)
ねじりと通常巻きが入り乱れる
34
35
(仮)木津橋梁 欠円 4 人道 煉瓦 煉瓦 挟まれ 1連 木津駅下の東西連絡通路に保存。
平行に2連あり
木津駅~奈良県境間
※未発見
JR山陰本線
名称 アーチ
形状
巻厚 利用
形態
坑門 側壁 状態 径間
径間
高さ
(実測)
特記
京都駅~~~保津峡駅間
※未探索
保津峡駅~馬堀駅間
36 第一山本橋梁 半円 4 水路 煉瓦 煉瓦 片出 2連
元水路。現在はコンクリブロックで片側封鎖
2010年12月訪問
37 (仮)篠町山本橋梁 半円 4 人道 煉瓦 煉瓦 片出 1連
2010年3月訪問、12月再訪
38 (仮)馬堀東橋梁 半円 4 車道 煉瓦 煉瓦 片出 1連
2010年3月訪問、12月再訪
馬堀駅~亀岡駅~並河駅間
※未発見
並河駅~千代川駅間
39 (仮)並河橋梁 半円 3 水路 煉瓦 煉瓦 片出 1連
2010年12月訪問
千代川駅~八木駅間
40 第91号橋梁 半円 水路 煉瓦 挟まれ 1連
ねじりまんぽ
2010年12月訪問
八木駅~~~船岡駅間
※未発見
船岡駅~日吉駅間
41 柳ヶ瀬橋梁 半円 4 人道 整石 整石 片出 1連
2010年12月訪問
42 (仮)日吉殿田北谷口橋梁 欠円 3 水路 煉瓦 煉瓦 片出 1連 1.21m
(4尺)
1.90m 坑門上部がやや傾斜している
名称 アーチ
形状
巻厚 利用
形態
坑門 側壁 状態 径間
径間
高さ
(実測)
特記
日吉駅~鍼灸大学前駅~胡麻駅間
※未発見
胡麻駅~下山駅間
43 (仮)下山新田南橋梁 半円 4 水路 煉瓦 煉瓦 両出 1連 3.03m
(10尺)
3.00m 両坑口とも謎のすだれがかかっている
床面が石畳
坑門上部がやや傾斜している
44 (仮)下山新田北橋梁 半円 4 水路 煉瓦 煉瓦 両出 1連 2.42m
(8尺)
2.92m 内部で屈曲
床面が石畳
坑門上部がやや傾斜している
下山駅~和知駅間
名称変更
(仮)下山小野橋梁
石桁 水路 煉瓦 煉瓦 片出 1連 京丹波町下山小野
※(仮)下山野田橋梁から名称変更
3段の持ち送り積み
上流側の南側はBKにより拡幅されている
東側が表に出ているはずだが確認できず
2014年12月訪問
45 名称変更
(仮)下山野田橋梁
半円 3 水路 煉瓦 煉瓦 両出 1連 1.82m
(6尺)
2.50m 京丹波町下山、同町下山野田、同町中道の境付近
※(仮)下山野田知野辺橋梁から名称変更
床面が石畳
煉瓦積みの笠石がある
2014年12月訪問
46 (仮)中山橋梁 半円 5 水路 煉瓦 煉瓦 両出 1連 3.03m
(10尺)
2.42m 京丹波町中山
床面が石畳
坑門をやや傾斜させている
東側内部側壁がコンクリ補修されている
煉瓦積みの笠石がある
2014年12月訪問
和知駅~安栖里駅間
47 (仮)安栖里久世橋梁 半円 3 水路 煉瓦 煉瓦 片出 1連 1.21m
(4尺)
1.53m 京丹波町安栖里久世、同町安栖里羽萩、
同町安栖里門縄手の境付近
下流側の北側はCアーチにて拡幅されている
2014年12月訪問
安栖里駅~立木駅間
new
(仮)安栖里橋梁
石桁 水路 煉瓦 煉瓦 両出 1連     京丹波町安栖里(あせり)
上流側の南側を確認。下流側は未確認だが露出して
いるものと思われる
笠石はない
2026年2月訪問
48 名称変更
(仮)出野中路橋梁
半円 4 水路 煉瓦 煉瓦 両出 1連 1.82m
(6尺)
2.60m 京丹波町出野中路と同町出野岡ノ下の境付近
※(仮)出野橋梁から名称変更
北側坑門の亀裂が目立つ
床面は石畳
笠石がある
2014年12月訪問
(仮)広野橋梁 石桁 水路 煉瓦 煉瓦 両出 1連 京丹波町広野
3段の持ち送り積み
笠石がない
2014年12月訪問
(仮)広野ノズエ橋梁 石桁 水路 煉瓦 煉瓦 挟まれ 1連 京丹波町広野ノズエと同町広野一反田の境付近
3段の持ち送り積み
BKと土管に挟まれ、諸条件で接近困難
2014年12月訪問
49 (仮)広野立木橋梁 煉瓦 6 水路 煉瓦 煉瓦 片出 1連 4.55m
(15尺)
3.20m 京丹波町広野山ワチと同町広野北條の境付近
暗渠では希少な6層巻き
上流側の南側はCアーチにて拡幅されている
2014年12月訪問
立木駅~山家駅間
50 名称変更
(仮)上原南橋梁
煉瓦 4 水路 煉瓦 煉瓦 両出 1連 1.82m
(6尺)
2.50m 綾部市上原町
※(仮)上原橋梁から名称変更
床面が石畳
笠石がある
東側坑口からすぐ石畳ウォータースライダー
2014年12月訪問
51 new
(仮)上原北橋梁
煉瓦 4 水路 煉瓦 煉瓦 両出 1連 1.82m
(6尺)
  綾部市上原町
坑門を傾斜させている
床面が石畳
笠石の中央部の切石が特徴的
東側坑口からすぐ石畳ウォータースライダー
2026年2月訪問
名称変更
(仮)上原戸尻橋梁
石桁 水路 煉瓦 煉瓦 両出 1連 綾部市上原町戸尻と同市同町上林の境付近
※(仮)上原戸尻山家橋梁から名称変更
3段の持ち送り積み
上段の煉瓦は15列ほどあり、その分背が高い
笠石がある
2014年12月訪問
山家駅~綾部駅間
52 名称変更
(仮)上原樋ノ谷橋梁
半円 4 水路 煉瓦 煉瓦 片出 1連 2.42m
(8尺)
3.10m 綾部市上原町樋ノ谷
※(仮)下原布毛東橋梁から名称変更
坑門上部がやや傾斜している
片出だが北側の坑門も視認可能
2014年10月訪問、12月再訪
2026年2月再再訪
53 名称変更
(仮)下原布毛橋梁
半円 4 水路 煉瓦 煉瓦 両出 1連 綾部市下原町布毛
※(仮)下原布毛西橋梁から名称変更
坑門を大きく傾斜させている
笠石がある
2010年12月訪問
(仮)下原五反田橋梁 石桁 水路 煉瓦 煉瓦 両出 1連 綾部市下原町五反田
3段の持ち送り積み
笠石がある
2010年12月訪問
54 (仮)下原野毛橋梁 半円 4 水路 煉瓦 煉瓦 両出 1連 綾部市下原町野毛、同市同町角畑、同市同町カジヤ
の境付近
坑門を大きく傾斜させている
笠石中央部の切石が特徴的
2010年12月訪問
(仮)和木柱堂橋梁 石桁 水路 煉瓦 煉瓦 両出 1連 綾部市和木町柱堂
3段の持ち送り積み
笠石がある
2010年12月訪問
(仮)和木和戸成橋梁 石桁 水路 煉瓦 煉瓦 両出 1連 綾部市和木町和戸成
3段の持ち送り積み
笠石がある
2010年12月訪問
new
(仮)和木白岩橋梁
石桁 水路 煉瓦 煉瓦 片出 1連     綾部市和木町白岩
下流側の北側が露出
笠石がある(中央の笠石が逸脱している)
2026年2月訪問
new
(仮)野田寄合田橋梁
石桁 水路 煉瓦 煉瓦 両出 1連     綾部市野田町寄合田
笠石がある
2026年2月訪問
(仮)野田仲後橋梁 石桁 水路 煉瓦 煉瓦 両出 1連 綾部市野田町仲後
3段の持ち送り積み
笠石がある
2010年12月訪問
2014年10月再訪

new
(仮)質知山橋梁
石桁 水路 煉瓦 煉瓦 両出 1連 綾部市寺町寺下と同市同町植松の境付近
名称は南側の「質知山(しちやま)踏切」より
笠石がある
2026年2月訪問
綾部駅~高津駅~石原駅間
※未発見
石原駅~福知山駅間
55 (仮)土師宮町橋梁 半円 4? 車道 不明 煉瓦 挟まれ 1連 軽車両のみ
南側の坑門は線路敷き斜面に合わせるように
削られ、コンクリ補修されている
2015年11月訪問
福知山駅~上川口駅~下夜久野駅間
※未発見
下夜久野駅~上夜久野駅間
56 (仮)高内東橋梁 半円 5 人道
水路
整石 整石 両出 1連 水路が半分を占める
- 名称変更
(仮)高内西橋梁
水路 なし 煉瓦 両出 2連 石桁暗渠
57 名称変更
(仮)東川橋梁
欠円 8 水路 整石 整石 両出 1連 当HP史上最大巻厚を誇る物件
58 (仮)大油子橋梁 欠円 4 水路 整石 整石 両出 1連 元々は人道も兼ねていた様子で、半分歩道が
ある
内部アーチにコンクリ巻の補強がある
2016年6月訪問
上夜久野駅~兵庫県境間
※未発見
JR舞鶴線 ※起点は綾部駅
名称 アーチ
形状
巻厚 利用
形態
坑門 側壁 状態 径間
径間
高さ
(実測)
特記
東舞鶴駅~西舞鶴駅間
59 (仮)円満寺橋梁 半円 5 水路 煉瓦 煉瓦 両出 1連 舞鶴市円満寺、同市大内野町、同市上安久の境付近
煉瓦積みの笠石がある
new
(仮)南田辺第二橋梁
石桁 水路 煉瓦 煉瓦 片出 2連 舞鶴市南田辺
下流側である東側が露出
丁寧に江戸切りされた切石を石桁に使用している
笠石はない
2026年2月訪問
名称変更
(仮)南田辺第一橋梁
石桁 水路 煉瓦 挟まれ 2連 舞鶴市南田辺と同市円満寺の境付近
※(仮)南田辺橋梁から名称変更
西舞鶴駅の直下に眠る
東側坑口は2連Cアーチとなっている
2014年10月訪問
西舞鶴駅~真倉駅間
※未発見
真倉駅~梅迫駅間
60 名称変更
(仮)真倉橋梁
半円 4 水路 煉瓦 煉瓦 両出 1連 舞鶴市真倉(まぐら)
※真倉南橋梁から名称変更
61 名称変更
(仮)黒谷森橋梁
欠円 ※1 水路 煉瓦 煉瓦 両出 2連 綾部市黒谷町森と同市同町堂屋敷の境付近
※(仮)黒谷橋梁から名称変更
下流側の西側坑口付近のみ煉瓦アーチとなっており、大
部分は石桁という構造
アーチ環は鉄道橋梁では珍しい化粧迫持(通常の小口
並びは荒迫持という)
長手と小口2個を交互に縦に並べてアーチ環としている
この配列だと内部アーチはイギリス積みとなる
当方確認の鉄道拱渠では熊本県の2件を含めて3件
のみ。化粧迫持のアーチ分類では4件となる
2011年10月訪問
new
(仮)黒谷一ノセ橋梁
石桁 水路 煉瓦 煉瓦 両出 1連 綾部市黒谷町一ノセ
名称は南側の「質知山(しちやま)踏切」より
笠石がある
2026年2月訪問
62 名称変更
(仮)上杉杉谷口橋梁
半円 4 車道 煉瓦 煉瓦 両出 1連 綾部市上杉町杉谷口、同市同町野瀬、同市同町坂
の境付近
※(仮)上杉北橋梁から名称変更
2011年10月訪問
63 名称変更
(仮)上杉清水汲橋梁
半円 4 水路 煉瓦 煉瓦 両出 1連 綾部市上杉町清水汲
※(仮)上杉南橋梁から名称変更
梅迫駅~淵垣駅間
64 名称変更
(仮)梅迫中町橋梁
半円 3 水路 煉瓦 煉瓦 両出 1連 綾部市梅迫(うめざこ)町中町
※(仮)梅迫橋梁から名称変更
2011年10月訪問
65 名称変更
(仮)梅迫新町橋梁
半円 3 水路 煉瓦 煉瓦 両出 1連 綾部市梅迫町新町と同市同町中町の境付近
※(仮)新町橋梁から名称変更
煉瓦アーチ、木橋、遮断機なし踏切の3点セットが同時
に拝めるスポット
66 new
(仮)安国寺地藏田橋梁
半円 3 水路 煉瓦 煉瓦 片出 1連 1.21m
(4尺)
  綾部市安国寺町地藏田と同市同町南町の境付近
西側が露出。東側はBKにて拡幅されている
煉瓦積みの笠石がある
2026年2月訪問
淵垣駅~綾部駅間
※未発見
JR福知山線
    名称 アーチ
形状
巻厚 利用
形態
坑門 側壁 状態 径間
径間
高さ
(実測)
特記
兵庫県境~福知山駅間
67 new
(仮)岩間橋梁
半円 3 水路 整石 整石 片出 1連 1.82m
(6尺)
  福知山市岩間
福知山線での煉瓦アーチ2例目を遂に発見
上流側の西側が露出。東側は土管により暗渠化され
ている。西側は会社敷地の為、土管からアプローチ
西側途中から段差があり、その部分より石桁を渡らせ
て、通路としていた痕跡が残る
かつては農道として使用していたのかもしれない
笠石がある
2026年2月訪問
JR片町線(学研都市線)
名称 アーチ
形状
巻厚 利用
形態
坑門 側壁 状態 径間
径間
高さ
(実測)
特記
大阪府境~松井山手駅間
※未発見
松井山手駅~大住駅間
68 (仮)大住上西野橋梁 半円 4 人道 煉瓦 煉瓦 片出 1連 1.82m
(6尺)
2.80m
大住駅~京田辺駅間
69 小山川架道橋 半円 4 車道 煉瓦 煉瓦 両出 1連
京田辺駅~同志社前駅~JR三山木駅~下狛駅間
※未探索未発見
下狛駅~祝園駅間
70 (仮)下狛前川北橋梁 半円 3 水路 煉瓦 煉瓦 両出 1連
71 (仮)下狛前川南橋梁 半円 3 水路 煉瓦 煉瓦 両出 1連
祝園駅~西木津駅~木津駅間
※未発見
JR奈良線
京都駅~東福寺駅間(旧東海道本線)
no photo 八條上東橋梁 1連 0.91m
(3尺)
残存可能性:極低
1878年(明治11年)11月竣工
須原通のアンダーパス付近が想定地。ここから旧京都駅
までの路線は消滅している
東福寺駅~稲荷駅間(旧東海道本線)
no photo 二ノ橋橋梁 1連 1.82m
(6尺)
残存可能性:消滅判定
1878年(明治11年)12月竣工
府道143号九条通りの九条跨線橋建造時に河川が
埋められ、消滅したものと推察する
72 三ノ橋橋梁 半円 4 水路 整石 整石 両出 1連 2.42m
(8尺)
1878年(明治11年)12月竣工
2011年5月訪問
73 new
下高松橋梁
半円 2 水路 整石 整石 片出 1連 0.91m
(3尺)
残存可能性:低→確定
1878年(明治11年)11月竣工
京阪鳥羽街道駅沿いが想定地。位置的に探索は非
常に厳しい
↓2024年4月訪問
難航しそうだったが、意外と容易に接近できた
アーチ環がモルタル補修を受けているが、一部剥げており
巻厚が視認できる
74 new
下横縄橋梁
半円 水路 挟まれ 1連 0.91m
(3尺)
残存可能性:中→確定
1878年(明治11年)11月竣工
ストビューにて穴を確認。数年前の探索でこの辺りも調
べたのだが、ここを確認したか覚えていない。要再訪
↓2024年4月訪問
琵琶湖疎水側からのアプローチ
塩ビパイプの先にうっすらと煉瓦アーチが見える。パイプが
狭く、泥濘が蓄積しているため、潜入は断念
反対側も潜入不能
75 祓川橋梁 半円 2 水路 ※1 整石 片出 1連 0.91m
(3尺)
1878年(明治11年)11月竣工
※1 府道119号(稲荷停車場線)の橋台と一体化
している
76 鳥居前橋梁 半円 2 水路 整石 整石 片出 1連 0.91m
(3尺)
1878年(明治11年)12月竣工
稲荷駅の真下に存在する
稲荷駅~JR藤森駅間(北側およそ半分旧東海道本線)

野手橋梁 水路 整石 片出 1連 0.91m
(3尺)
坑門、アーチ環は撤去されコンクリ化している
煉瓦積みのインバートが残されている
過去台帳では2連になっていたが、ここは1連
↓2022年7月追記
再度机上調査を行った所、ここは2連アーチの西手橋梁
ではなく、木桁3尺の野手橋梁の位置にあたる
1879年(明治12年)2月竣工
インバートが煉瓦で石桁の実例を見たことがないが、果
たして…今では確認のしようがない
77 new
西手橋梁
半円 2 水路 整石 整石 片出 2連 0.91m
(3尺)
残存可能性:中→確定
1878年(明治11年)12月竣工
上記の追調査で位置を特定。残存の可能性がある
人道地下道のすぐ南脇か
↓2024年4月訪問
想定通り、地下道の南脇にあっさり確認
向かって左側のアーチ環の左半分は補修で煉瓦が積み
直されている。が、煉瓦積みに関して素人らしく、すさ
まじくイビツに仕上がっている。坑門もコンクリ補修、内部
も雑な補修を受けている。地下道建造時に損傷したの
であろうか
JR藤森駅~~~棚倉駅間
※未探索
棚倉駅~上狛駅間
78 new
(仮)鳴子川南橋梁
半円 4 車道 煉瓦 煉瓦 片出 1連 2.12m
(7尺)
  西側はBKにて拡幅されている
坑門の小口とアーチ環は焼過煉瓦を使用している
2023年3月訪問。2024年4月再訪
(仮)野田尾橋梁 石桁 水路 整石 整石 両出 1連
79 三階橋梁 半円 4 車道 煉瓦 煉瓦 両出 1連 坑門煉瓦小口面に焼過煉瓦を使用している
上狛駅~木津駅間
80 宮の浦橋梁 半円 4 水路 煉瓦 煉瓦 片出 1連 坑門小口面とアーチ環などに焼過煉瓦を使用
京阪本線
名称 アーチ
形状
巻厚 利用
形態
坑門 側壁 状態 径間
径間
高さ
(実測)
特記
天満橋駅 - 五条駅(現在の清水五条駅)間:1910年(明治43年開業)
路線地上部~東福寺駅間(七条駅手前より以北は地下路線)
※未発見
東福寺駅~鳥羽街道駅間
81 (仮)三ノ橋川西橋梁 半円 水路 煉瓦 挟まれ 1連
2011年5月訪問
鳥羽街道駅~~~八幡市駅
※未探索
八幡市駅~橋本駅
(仮)橋本橋梁 水路 両出 2連 桁のみ切石で、他はコンクリート製
橋本駅~~~天満橋駅手前路線地上部
※未探索
関西鉄道大仏線
奈良県境~加茂駅間
82 松谷橋梁 半円 切石 ※1 煉瓦 煉瓦 ※2 1連 迫石、要石、隅石あり
※1:水路の上に人道或いは車道があった?
※2:片側はコンクリ封鎖されており不明
83 梶ヶ谷橋梁 半円 4 車道 煉瓦 整石 両出 1連 現在は市道下梅谷観音寺線の暗渠